東福寺の臥雲橋から見る通天橋。
この日は京都市街もそろそろ紅葉盛りを迎えた頃で、
南の方から東山界隈をぐるっと周りました。
もう年内は休みが無いんですけど、
紅葉の写真はこれからピークに入っていくので、年明けまで今年の紅葉が続きます。
下の渓谷「洗玉澗」を紅葉が覆い隠します。
龍眠菴の紅葉。
紅葉時の東福寺へ行かれる人はよく目にされてると思いますが、
曲がり角のところでいつも鮮やかに紅葉する木です。
泉涌寺塔頭の今熊野観音寺へと続く鳥居橋。
ここの紅葉は遅いのでまだ緑でした。
境内の紅葉はいいかんじ。
今熊野観音寺は、弘法大使空海が、
この地で熊野権現のご霊示を受けて庵を結んだのが始まりとされます。
室町時代の応仁の乱で荒廃しますが、泉涌寺の塔頭となり復興します。
大師堂前の紅葉。
今熊野観音寺の紅葉は若干早めに色づくので、
来た時にはだいぶ散ってることが多いのですが、
今年はタイミングがよかったです。
似た名前の「新熊野神社」という後白河法皇による創建の神社が、ここから坂を下っていった東大路通沿いにあります。
後白河法皇は新熊野神社創建の際に、古くから熊野権現出現の伝説地である
この今熊野の地と、自らが創建した新熊野神社を結ぶ観音寺大路を通されました。
その道が現在の泉涌寺道です。
そして今熊野観音寺を新熊野神社の本地仏の寺と定めています。
同じく泉涌寺塔頭の来迎院。
こちらも弘法大師空海が開いたと伝わります。
唐から帰国した空海が、「三宝荒神」を安置したと。
その後衰退しますが、鎌倉時代1218年に泉涌寺第4世 月翁律師が開創。
泉涌寺の子院となります。
階段の上に見えるのは、荒神堂です。
紅葉と山茶花。
石段を上って荒神堂の横に祀られている三宝大明神の鳥居横の紅葉。
来迎院は赤穂浪士とも縁があって、
赤穂浪士の大石内蔵助は山科に移って隠棲してた時に、
ここ来迎院の檀家となっています。
そして、茶室「含翠軒(がんすいけん)」を建てています。
含翠軒は討ち入りの密議の場であったとも。
含翠庭・含翠軒は有料拝観可能です。
東福寺臥雲橋~今熊野観音寺~来迎院 紅葉 2023年 秋 (完)
それではまた。。。