高雄 高山寺 石水院 雪 2022年 冬

 

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雪の栂尾 高山寺の続きです。
山内にある石水院へ入ります。

 

 

 

 

 

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石水院は、高山寺内で明恵上人在住時代から残る唯一の建物です。
建物が国宝指定されています。

 

 

 

 

 

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客殿から廊下を渡って石水院へ向かうと、善財童子がお出迎え。

善財童子華厳経に登場します。
童子が、文殊菩薩から普賢菩薩まで53人を訪れ、菩薩になるというお話。
東海道五十三次の「53」はここからきています)

明恵上人は善財童子を敬愛していました。

 

善財童子木像は、「西村虚空」氏の作品。

熊本県出身の彫刻家であり、画家でもあり、「尺八」の世界でも有名な方。
2002年に87歳でお亡くなりになってます。

 

 

 

 

 

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ここは「廂の間(ひさしのま)」と呼ばれるところ。
建物の西側です。

写真のように上は天井は無く、屋根。
左側が母屋で、母屋の西側に付け足した広縁のようになってます。

善財童子の正面側は蔀戸(しとみど)で仕切られ、
その外に縁があり、縁は建物をぐるりと廻っています。

この「廂の間」は立ち入りできません。

 

 

 

 

 

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現在の石水院の建物は、もとは石水院ではなくて金堂の横に東経蔵としてありました。
当初あった石水院が1228年の洪水で潰れ、代わって東経蔵に春日・住吉明神を祀り
石水院の名を引き継ぎます。以降、中心的堂宇となります。

現在の場所へは明治22年に移築されて、その際に住宅様式に改変されています。
この廂の間は社殿であった頃の拝所の名残りです。


移築した理由は知りませんが、そのおかげで石水院は2019年の台風被害を免れましたね。


 

 

 

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南側へ回ります。
前が少し崖のようになってます。

 

 

 

 

 

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素晴らしい雪景色。


向こうが崖のように下っているから
紅葉時も木の幹が見えず葉だけを取り込むようになります。

 

 

 

 

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高山寺に伝わる「鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)」 。

「日本最古の漫画」とされる国宝「鳥獣人物戯画」の複製です。
石水院にあるガラスケースの中に一部が展示されています。
当時の世相風刺漫画です。

甲・丙・乙・丁の4巻からなり、
本物は東京国立博物館京都国立博物館に保管されています。

平安時代末期から鎌倉時代初期に書かれたものとされますが、
作者は不明です。

 

 

 

 

 

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どこかジブリっぽい。日本アニメのルーツですね。
今も昔もうまい人はうまい。

 

 

 

 

 

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建物の東側。
こちら側も蔀戸があります。


石水院は建物が国宝指定ですが、
庭へ下りられないから建物全体を見れない。
一応、建物的には茅葺、一重入母屋造、妻入、向拝付となります。

国宝の建物だから外から見るだけで中には入れない、というのはありそうですが、
外から見れないけど中には入れる、というのもちょっと変わってますね。

 

 

 

 

 

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陽が射すとキラキラしてきました。

 

 

 

 

 

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差し込む日差し。

 

 

 

 

 

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ただ、ただ、きれい。

 

 

 

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陽が射す前の「しん」とした雪景色も、
陽が射して輝く雪景色も、

どちらもいい。

 

 

 

 

 

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高雄 高山寺 石水院 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 

高雄 高山寺 雪 2022年 冬

 

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神護寺のあと、同じ高雄にある栂尾山 高山寺へ行きました。
表参道から。

高山寺真言宗の単立寺院。
古都京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

 

 

 

 

 

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向うに見える建物は国宝の石水院です。

 

 

 

 

 

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この地には奈良時代774年に光仁天皇の勅願によって
建てられた寺があったとされます。
現在の高山寺の前身です。

前回も書きましたが、平安時代初期に神護寺空海が入り
高雄は平安仏教の発信地として栄えます。

その頃、ここは神護寺の別院となっています。
平安時代末頃になるとその神護寺も荒廃します。

鎌倉時代に入り、1206年に華厳宗の高僧 明恵(みょうえ)が、
後鳥羽上皇からこの地を与えられ、現在の高山寺としました。
明恵上人が高山寺の開山です。

明恵神護寺を再興した文覚の弟子です。



 

 

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明恵上人はこの山を「楞迦山(りょうがせん)」と名付けます。

「楞迦山」は、釈尊が説法を行うために
三回訪れたという故事がある山の名です。


 

 

 

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明恵上人が楞迦山と名付けた山なんですけど、
以前のこの辺りは深山幽谷な雰囲気がありました。
しかし2019年9月の台風21号の被害により様相が随分と変わりました。
樹齢100~300年のスギ、ヒノキの大木が300本以上倒れたといいます。

復旧工事は2021年3月までかかりました。
でも倒れた木々は元には戻らないですよね。

2016年新緑の頃に撮った写真はこちらです→ クリック

 

 

 

 

 

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金堂。
釈迦如来像を安置します。

現在の建物は、もとは「御室 仁和寺」にあった御堂です。
江戸時代初期、寛永年間に移築されています。

金堂も台風により倒木を受け半壊したそうですが、
このように復旧しています。

金堂の周りも台風以前はこのように木々に囲まれてましたから→ クリック

 

 

 

 

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以前、幽玄な山の中だったのが、こんな見晴らしよくなってます。

工事してる時に前を通ったことがありますが、
ショベルカーとか入ってるのを見た時は少しショックでした。

 

 

 

 

 

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小さな屋根は仏足石があるところです。
あの覆屋も倒壊して新しくなってます。

 

 

 

 

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こちらは明恵上人坐像が祀られている開山堂。
雪をかぶってるので見えませんが、
こちらも台風被害に遭って屋根の葺き替えが行われてます。


明恵上人は、9歳で神護寺に入り文覚の下で出家、
その後は東大寺で華厳、建仁寺では禅も学びます。
東大寺で学頭にもなった華厳宗の高僧。

高山寺は、華厳宗興隆の根本道場と定め建立しています。
真言宗所轄の寺院となったのは明治5年からです。

戒律を厳格に守り、若き日には自らの右耳を切り落とすなど、
仏の道を究めるために厳しい修行を重ねた明恵上人。
専修念仏の法然上人については厳しく批判しています。
相容れない思想ですよね。

生年でみると、法然上人1133年生れ・明恵上人1173年生れ。
法然上人が流罪となる承元の法難が1207年ですから
その時で法然上人74歳、明恵上人は34歳か。
ちなみに親鸞聖人は明恵上人と同い年で1173年生れです。
ただ、生前の親鸞聖人はほとんどその名は知られていません。


 

 

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日本最古の茶園。

明恵上人は、建仁寺臨済宗開祖の栄西禅師から禅を学んでいます。
栄西禅師は、宋に渡った時に「茶の種」を持ち帰った茶祖。
明恵上人がその「茶の種」をいただいて、植えたのがここ「日本最古の茶園」。


そしてその茶が育つと宇治にも植えました。
それが「宇治茶」のルーツになっています。

室町時代中期になって宇治茶が最高位の茶と認められるまでは、
栂尾の茶が一番とされており、栂尾の茶を「本茶」、
それ以外は「非茶」と呼ばれていたとのこと。

 

 

 

 

 

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こんなに離れた所からでも金堂が見えるようになりました。

 

 

 

 

 

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下ってきて、左に石水院があります。

せっかくの雪の日ですから入ってます。

 

 

高雄 高山寺 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 

高雄 神護寺 雪 2022年 冬

 

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神護寺参道の石段を上っていきます。

 

 

 

 

 

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途中にあるお茶屋さんの雪景色。

 

 

 

 

 

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山門前まで来ました。

ちなみに、神護寺参道の石段は400段といわれてます。
そんなにあるかな? 数えたことないけど。

 

 

 

 

 

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山門(楼門)は残念ながら改修工事中で
足場やシートがかかってるので、この辺から撮ります。

 

 

 

 

 

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拝観受付を済ませて中へ入ります。

 


神護寺の前身は「高雄山寺」。

奈良時代末期に和気清麻呂が、
愛宕山を中心に「愛宕五坊」という修業道場を五つ建てます。
そのひとつが「高雄山寺」。

和気清麻呂は、京への遷都を桓武天皇に進言し、
その造営の中心となった官僚貴族です。
(京を見渡せる将軍塚へ桓武天皇をお誘いし、進言したという)

和気清麻呂が亡くなった後、高雄山寺は和気家の菩提寺になります。
これが後に「神護寺」となります。

 

 

 

 

 

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こちらは明王堂。
奥の高い所にあるのは鐘楼です。

 


清麻呂の死後、その子息は高雄山寺に「最澄」を招き、
法華経の講演を依頼します。

最澄はのちの天台宗の開祖。
当時比叡山にこもって修行を続けていました。

清麻呂の子息は新しい仏教を模索しいて、
最澄に求道者としての期待を寄せていたのです。




 

 

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五大堂、毘沙門堂と並びます。

 

 

また、真言宗の開祖「空海」も高雄山寺に招かれ住します。

天台宗真言宗が交流し、
奈良仏教から平安仏教への礎が高雄山寺で築かれます。

当時、高雄が平安仏教の発信地でした。
(最澄空海はのちに決別します)

 

 

 

 

 

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金堂への石段前。



比叡山に戻った最澄に対し、
空海は高雄山に留まり、平安仏教の道場として発展させます。
比叡山最澄への対抗意識があったのだとも。

もとは和気家の菩提寺という私的なお寺であった高尾山寺。
空海によって鎮護国家の道場という、政治的にも重要な地位を築きます。

この頃、名を「神護寺」と改名しています。

 

 

 

 

 

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神護寺所蔵の寺宝に「灌頂歴名」があります。(国宝・京都国立博物館寄託)

空海神護寺(高雄山寺)で「灌頂」を行った人物名を
自ら書き記した記録です。
その名簿の筆頭に最澄の名前があります。
真言密教においては空海最澄の師となります。

また、最澄とともに灌頂を受けた最澄の弟子「泰範」の名前も記載されています。
泰範はその後比叡山に戻らず、高雄山寺に留まり空海の弟子となります。

最澄は泰範に何度も比叡山へ戻るよう促すのですが、
空海に心酔した泰範は戻ることなく、
最終的には空海十大弟子のひとりに数えられるほどにまでになりました。

泰範という弟子の取り合いが、
空海最澄の決別のきっかけであるともいわれています。

 



 

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御本尊は薬師如来(国宝)。

現在の金堂は比較的新しく、昭和10年の建立です。
日清・日露戦争中に洋反物の輸出などで財をなし、
引退後は資産の多くを寄付に使った実業家 山口玄洞居士による寄進です。

 

 

 

 

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神護寺の歴史において、もう一人重要な登場人物がいます。
平安時代末期の僧「文覚(もんがく)」。

かつて平安仏教の発信地であった神護寺
しかし、火災などもあり、
平安時代の末頃には衰退し、見るも無残な状態に。

これを復興したのが文覚上人。神護寺の「中興の祖」とされます。
(高山寺明恵は、文覚の弟子にあたります)


文覚という人は、
一般に私たちがイメージする「僧」とは少し違うようです。

 

 

 

 

 

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文覚は武士の出身。「北面の武士」です。
皇室の身辺警衛として仕えていました。

しかし、同僚の妻と不倫。
同僚を殺すつもりが、間違って妻を殺害。
それがきっかけで出家。十九歳の時でした。

その後、平家物語で書かれている
那智に千日籠り、大峯三度、葛城二度、高野...信濃の戸隱」
日本全国荒行巡りです。

文覚三十歳の頃、衰退した神護寺を訪れ再興を決意。
後白河法皇に対し、資金源として荘園の寄進など強要。
あの法皇に対し強要です。
これが法皇の逆鱗にふれ、伊豆へ島流し

伊豆で、同じく島流しなっていた挙兵前の「源頼朝」と仲良くなる。
文覚は頼朝に挙兵を迫り、頼朝は文覚に神護寺の復興を約束します。

のち、平家滅亡・鎌倉幕府誕生。
頼朝の援助を受け神護寺の復興は進みました。

神護寺源頼朝といえば、神護寺所蔵の「伝源頼朝像」。
教科書に載ってた源頼朝肖像画です。
しかし現在ではあの人物は別人であるとして今の教科書には載ってないんですね。

足利直義という説もありますが、
神護寺は現在も源頼朝肖像画であると強く主張しています。

あと、今の教科書は鎌倉幕府成立も1192年(いいくに)から1185年(いいはこ)に
変更されてるとか。

 

 

 

 


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文覚上人は今度始まった大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場しますね。

「頼朝にあやしく迫る謎の僧」という設定で、
市川猿之助さんが演じるとのこと。

 

 

 

 

 

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文覚のように同じく北面の武士から出家した僧に「西行」がいます。

西行は放浪の歌人として生きますが、
文覚は、最後まで政治の舞台に首を突っ込み、
佐渡対馬へも島流しされています。
そして対馬へ流される途中で亡くなっています。

対照的な二人です。

 

 

 

 

 

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神護寺山内には厄除けの「かわらけ投げ」ができる場所があります。
何年か前に一度行ったことがあるのですが、
それからは神護寺へ来てもそこまで足を進めることがなかったので、
すっかり忘れてました。
帰ってから気づきました。

せっかく雪景色の錦雲渓が見れたのに。。。

 

 

高雄 神護寺 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 

高雄 西明寺 雪 2022年 冬

 

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指月橋を渡ってきて西明寺

 

 

 

 

 

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本堂。


西明寺神護寺の別院として平安時代に創建された古刹。
開山は、弘法大師の甥であり弟子である智泉大徳と伝わります。

現在の本堂は、徳川綱吉の母・桂昌院の寄進により再建されたものです。
桂昌院は、今でいう公共事業による景気対策のような意味もあって
数々の寺社を再建したので、その足跡がたくさん残っています。
もちろん、生類憐みの令があるように信心深かったということもあります。

 

 

 

 

 

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ガイドブック的にはよくこの辺りを「三尾(さんび)」と紹介されてて
高雄(たかお)、槙尾(まきのお)、栂尾(とがのお)と
尾がつく三つに分けられます。
高雄の神護寺、槙尾の西明寺、栂尾の高山寺となります。

けど、実際のところ京都ではこの辺りはすべて高雄と言って、
三尾と聞いても「どこ?」となると思います。

 

 

 

 

 

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本堂の東側の庭園が少し見えます。

 

 

 

 

 

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引き返して神護寺へ向かいます。

 

 

 

 

 

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高雄のバス停から下りてくる階段。

バス停から真っすぐ神護寺へ行く場合は
この階段を下りてきます。

 

 

 

 

 

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高雄橋を渡ります。

 

 

 

 

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清滝川に映る雪もきれいです。

 

 

 

 

 

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紅葉の時も載せた、もみじ家さんのもみじ橋。
今回は雪景です。

 

 

 

 

 

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石段を上って神護寺へ。

 

 

高雄 西明寺 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 

 

高雄 指月橋 雪 2022年 冬

 

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雪の指月橋を。

紅葉の時もいいけど、雪中の朱塗りの橋もいいもんです。

 

 

 

 

 

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橋の上から。

 

 

 

 

 

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高雄 指月橋 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 



高雄 雪 2022年 冬

 

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雪のお正月です。
周山街道を進んできて御経坂峠。

 

 

 

 

 

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いつものように自転車で来てるのですが、
道が凍ってるのでほとんど押して歩いています。

 

 

 

 

 

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北山杉も薄っすら雪化粧。

 

 

 

 

 

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高雄のバス停のところ。

 

 

 

 

 

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向こうの山は春にミツバツツジが咲く西明寺の裏山です。

 

 

 

 

 

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下に指月橋が見えます。

 

 

 

 

 

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あそこまで下ります。

 

 

 

 

 

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桜やミツバツツジが咲いてる
去年の春の写真をこちらに貼りました→  クリック♪

 

 

 

高雄 雪 2022年 冬 (完)
それではまた。。。

 

 

 

 

初詣 平岡八幡宮 雪 2022年 元旦

 

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

すごく冷え込んだ今日の元旦。
京都市街の積雪はなかったけど、
高雄方面へ向かってみると平岡八幡宮あたりから
雪が積もってました。

結果的に今年の初詣は平岡八幡宮になりました。

 

 

 

 

 

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年明けは写真はあまり撮ることないと思ってましたが、
元日からいきなり雪の写真が溜まったので、
それをぼちぼちアップしていきます。

 

 

 

初詣 平岡八幡宮 雪 2022年 元旦 (完)
それではまた。。。