大原野神社とか正法寺とか 紅葉 2024年 晩秋

 

 

この日は西山方面へ向かいました。
先ず松尾の地蔵院の前を通りました。

 

 

 

 

 

 

ここは例年オレンジっぽく紅葉します。

 

 

 

 

 

 

すぐ近くにある浄住寺。
これはまだ朝早い時間ですけど、今年も秋の特別公開されてました。

 

 

 

 

 

 

ぐんと西へ移動してきて、大原野神社へ。

 

 

 

 

 

 

桓武天皇平城京から平安京へ都を移す前に、長岡京遷都を行っています。
大原野神社はその長岡京遷都の際に建立されました。
位置的には長岡京の少し北になります。

 

 

 

 

 

 

神社建立の目的は、桓武天皇の皇后の氏神分祀することでした。
桓武天皇の皇后は「藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)」。
藤原家の氏神は奈良の春日大社です。
春日明神をここへ分祀し、皇后が参詣しやすくしました。

 

 

 

 

 

 

今年の大河ドラマ紫式部が主人公の「光る君へ」だったので、紫式部にゆかりある神社としても紹介されました。
藤原道長の娘・彰子は、入内後に道長紫式部らと共に氏神を祀る大原野神社へ参詣し、その行列はたいへん華やかだったそうです。

 

 

 

 

 

 

何月頃に参詣されたのでしょうか
秋だったらこのような紅葉の下を雅な行列が通ったことでしょう。



 

 

 

 

手水舎の紅葉。

 

 

 

 

 

 

巳と鹿が描かれた絵馬。

春日大社が神の使いを「鹿」としてることから毎年絵馬にはその年の十二支と一緒に鹿が描かれます。鹿年はありませんから。

 

 

 

 

 

 

帰り、反対側から見る紅葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、少し陽が射してきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大原野神社の向かいにある正法寺
太鼓橋のところの紅葉。

 

 

 

 

 

 

正法寺は、鑑真和上と一緒に唐から来た、高弟「智威大徳」がここで禅の修業したのが始まりと伝わります。
延暦年間(782年~806年)に最澄が智威の威光を世に示すため、大原寺という寺名で建立しています。
弘仁年間(810年~824年)には空海も入寺したと。

応仁の乱で焼失するが、江戸時代初期に恵雲・徴円の両律師より再興されています。
現在は真言宗東寺派別格本山。

江戸時代元禄年間には徳川5代将軍綱吉の母・桂昌院の帰依を受け、
代々徳川家の祈願所となっています。

 

 

 

 

 

 

このモミジは日当たりがいいから、毎年きれいに色づきます。

 

 

 

 

 

 

 

大原野神社とか正法寺とか 紅葉 2024年 晩秋 (完)
それではまた。。。