アジサイ いろいろ 2024年 初夏

 

 

千本釈迦堂 おかめさんと紫陽花。

本格的な暑さが来る前にロングライドしたいけど、
ここずっと日曜日の天気が冴えないので遠方へ行けない。
近場で見た紫陽花をいろいろと。

 

 

 

 

 

新大宮商店街で咲いてた大玉の紫陽花。

 

 

 

 

 

 

これはどこだか覚えてない。

 

 

 

 

 

 

高瀬川沿い一之船入近く。

 

 

 

 

 

 

高瀬川沿いの向こうは、
建築や庭園、茶の湯に造詣が深かった薩摩藩士・伊集院兼常の元別邸。
所有者が幾度か変わり、今は廣誠院という寺院になってます。

七代目小川治兵衛作庭の庭園は、高瀬川から引き込み、再び高瀬川に流れ出るようなつくりとなっています。通常非公開。

 

 

 

 

 

 

白川新橋の柳がゆらゆら。いい色してたので。

 

 

 

 

 

 

料理旅館 白梅さんの紫陽花。

 

 

 

 

 

 

あのアオサギは、祇園白川の主。

 

 

 

 

 

 

こちらは八坂の吉水弁財天女堂。
円山公園の裏手です。

 

 

 

 

 

 

吉水弁財天女堂は、この少し先にある法然上人「吉水草庵跡」安養寺の鎮守社です。

 

 

 

 

 

 

法然上人は叡山を下りて、黒谷に念仏道場を開かれます。現在の金戒光明寺です。
そして西山へ向かい、西山広谷粟生の里でお念仏の教えを説かれる。
のちに熊谷直実光明寺とした地です。

西山広谷にしばらくおられましたが、そのあと移ったのがこの辺り東山吉水です。
以降、讃岐の国に流罪になるまでの30数年間、東山吉水が専修念仏の本拠となります。

 

 

 

 

 

 

吉水弁財天女堂の本堂の裏の隅っこに「慈鎮和尚多宝塔」があります。
慈鎮和尚(慈円)の供養塔と伝わります。

摂政関白の藤原忠通の子に生まれ、四度も延暦寺天台座主になった慈円上人。
法然上人の吉水草庵を安養寺として中興したのが慈円上人です。
安養寺の山号は「慈円山」。円山公園の「円山」はこの山号からきています。
また、親鸞聖人は9歳の時に慈円上人のもとで得度(出家)しています。

慈円上人は天台座主という立場ながらも、法然上人や親鸞聖人に一定の理解を示し庇護もしています。

 

 

 

 

 

 

モリアオガエルの卵がありました。

 

 

 

 

 

この界隈には山荘風の料亭や宿がいくつか点在しています。

 

 

 

 

 

 

ここの紫陽花も毎年のように見にきてます。

 

 

 

 

 

 

 

アジサイ いろいろ 2024年 初夏 (完)
それではまた。。。